町田市立鶴川第三小学校

 校長  剣持 明正

(けんもち あきまさ)

平成28年4月1日に、本校に着任いたしました。
平成29年度、2年目の学校経営が始まりました。

学校経営にあたる基本姿勢

【目指す学校】

  「楽しく生活する中で、確かな成長をみんなと一緒に喜べる学校」

  毎朝の登校を楽しく感じている。目標をもってがんばることができる。

  できることが増えることに、素直に喜びを感じ、そして、周りの人の成長も喜べる。

  集団を意識し、その向上のために、みんなで取り組み、つながりが実感できる学校。

【メッセージ】

  「笑顔とやさしさで、つながれチーム鶴三小」

  笑顔は心を開かせ、やさしさは心に響き、そこから人と人がつながる

  児童も教員も職員も、そして保護者・地域も、みんながつながる学校を作ろう。

子供時代
  八王子市川口町で育つ。川口小・川口中の卒業です。
  とにかく天の邪鬼、外面は良いが内面の悪い、親不孝者でした。
  小学校・中学生の時は、テレビっ子、青春ものに、はまっていました。
   (青春とはなんだ! これが青春だ!からずうっと、見続けました)

高校生の頃
  剣道部に入って、結構真面目に2年生(途中)までやりました。
  
大学生の頃
  教員養成の大学に合格できず、1校だけ合格をしましたが、浪人したい・・・。
  ところが、出来の悪い私が大学に合格したことを、親は大喜び。
  とても「浪人したい」とは言えず、数学教師を諦め、進学しました。
  その大学でも出来は悪く、4年で卒業は「無理」の状況、大失態。
  しかし、5年目の年から「数学科」ができ、5年で頑張れば数学の教員免許が
  取得できることになりました。留年バンザイ!!!

教員になっての頃
  横浜市の教員採用試験に合格し、公立中学校の数学の教員になりました。
  この頃は「金八先生」の第2シリーズ「腐ったミカンの方程式」が社会に
  大きな影響を与えた頃で、現実の中学校も、荒れた時代でした。

東京都の教員に
  ちょっとした家庭の事情で東京都の教員採用試験を受け、合格しました。
  こうして、東京都の公立中学校の数学教師になるかと思いきや、配置された
  学校は、知的障がいの養護学校(特別支援学校)でした。
  専門外で訳も分からず、自分は教師なのだろうかと悩んだ4ヶ月。
  しかし、夏休みに充電し、2学期からは、仕事に生きがいを感じるほどに!
  知的障がいの子供たちと、楽しく勉強し、楽しく遊び、時に厳しく!
  保護者とも信頼関係が築けるように、真剣に取り組んだ7年間でした。

命と向き合う3年間
  知的障がいの養護学校からの異動先は、肢体不自由の養護学校でした。
  もちろん専門外、さらに前任校とは全く異なる教育内容に戸惑うことばかり。
  しかし、この学校の子供や保護者と出会えたことは、自分の教育観に大きな
  影響を与えてくれました。「命」というものを身近に考えられた3年間、
  本当に貴重な3年間でした。

公立中学校の数学教師に
  都立の養護学校から、多摩市の公立中学校に異動となりました。
  10年ぶりの中学校、数学の授業を担当し、専門が活かされる環境となりました。
  15年間で、市内異動4校を経験しました。

公立小学校の副校長に
  副校長に昇任した赴任先は、前任校の多摩第二小学校です。
  5年間、小学校の教育に副校長として携わりました。
  数学教師から、副校長に、それも小学校の副校長なり、文化の違いに悩みました。
  こんなにも、小学校と中学校は違うんだなぁ〜、分からないことばかり・・・。
  初めての経験ばかりが重なって、そして、たくさんのことを経験し、いつのまにか
  多摩二小のことを一番知っている存在になりました(ちょっと言い過ぎ…)。
  何事も経験、まさに「経験に勝るものなし」

そして、鶴川第三小学校着任
  このような経歴で、現在に至っています。
  自分でも感じますが、色々なことをしてきた教師生活でした。
  今ここに、校長としての自分が居ます。
  大きな責任の重圧を感じながら、「子どものために」の視点を見失わず、
  子供・保護者、そして地域から信頼される学校作りに、仲間である教職員と共に
  励んでまいります。

笑顔とやさしさで、つながれチーム鶴三小!


自己紹介