昔の様子(昭和40年〜48年頃)

学校ができるまで

 学校ができる前のこのあたりの様子について、初代PTA会長さんは次のようにお話になっています。
 「学校の予定地となったところは、『こんなところに?』というような所でした。今の校庭の真ん中当たりがちょうど20メートルぐらいの谷になっていました。まわりの傾斜地は、桑・サツマイモ・おかぼなどの畑で、雪が降ると滑って遊んだものでした。
 体育館のあたりから水がわき出していて、恩田川に向かって用水が流れていました。
 農家で土地を出して、谷を埋めて、校地を作りました。」
 当時の用水そのものは、今も排水管を通って、残っているようです。
 この地域では、高ヶ坂団地ができる前から、小学校新設の要望が出されていました。
それが、高ヶ坂団地の建設により、昭和36年に初めて実現に移されることになったのです。
 先程のお話にもあったように、敷地は造成ができたのですが、推定児童数が伸びず国庫補助対象にならなかったため、一年間すえおきとなってしまいました。
 翌39年、諸条件も整い町田市で初の鉄筋三階建の校舎建築計画が具体化されました。そのとき検討の末採用されたのが「六角型校舎」、通称「はちのす校舎」でした。

 

開校から10周年まで

昭和40年 4月 1日 町田第六小学校開校
       6月 1日 校庭で開校式を行なう

 この当時、学校には教材がほとんどなく、PTAより廃品回収をした収益により多くの教材を寄贈していただきました。
 記録によると、図書や、砂場、スライドのほか、掲揚塔や植木、解剖用の鮒まで寄贈していただいたそうです。
 教室のカーテンから、給食のエプロンまで、PTAの方々の手作りでした。


昭和40年 9月 6日 町一小からの運搬による方式で学校給食開始
       9月26日 開校を記念して第一回秋季大運動会を行なう
       11月28日 上水道導入工事完了

 それまでは、井戸水を利用していたそうです。井戸は現在の水道元栓の所(給食門下)にありました。


昭和41年 4月 2日 プレハブ校舎設立開始

 児童の急増により、2年目よりプレハブ校舎使用ということになりました。このプレハブ夏は暑くて勉強もできないため屋根に杉の枝を敷いて散水をしのいだそうです。
 PTAの奮闘により、翌年1月には校舎増築されました。


昭和42年 1月 9日 第一期校舎増築完成・使用開始
       9月13日 給食室竣工・使用開始
      10月28日 第二期校舎増築完成
昭和43年 3月10日 校地まわり金網のフェンスを設置
昭和44年 6月15日 第三期校舎増築完成
       7月30日 プール完成
昭和46年 7月20日 校章を制定し全児童に披露
昭和47年  1月8日 校旗を制定し全児童に披露
        3月1日 校歌制定
        4月1日 第四期校舎増築及び体育館新築工事完成
昭和48年 11月29日 校庭整備の一環として、校地の周辺に、桜・ねずもちどうだんつつじなどを植樹


           上記掲載資料:「まちろく」創立30周年記念誌、他、より